─上対馬温泉─

 九州の北西に浮かぶ対馬島は、韓国釜山までの最短で49.5km、九州本土・福岡までのフェリー航路が132kmという「国境の島」。面積は709k㎡で、国内では三番目大きい離島だが、南北82km、東西18kmと細長い。しかも山がちで海岸線もリアス式に入り組んでいる。こうした環境から、ツシマヤマネコやツシマンテンなどの独自の自然と、石屋根建築や対馬神道など独自の文化が育まれて来た。また元寇で著しい被害を蒙ったり、対馬藩主宗氏が朝鮮国王から官位を得ていたなど、国境地帯らしい歴史を持つ島でもある。
 そんな対馬では、平成七年に島内最初の温泉を掘り当てて以来、温泉掘削が盛んに行われている。島の最北にある「上対馬温泉」もその中の一つで、平成十六年に開業したばかりの真新しい温泉である。しかし近隣に温泉はないので(最も近い峰町の峰温泉まで山道を車で一時間程)、利用価値は高い。上対馬温泉のある上対馬町は、福岡や韓国への航路を持つ島内の有力な街であるし、また韓国を望む場所として、やはり島内の有力な観光地でもあるので、地元の人々にとっても観光客にとってもこの温泉の存在は重要だ。秋篠宮がご旅行時に入浴されたというのも頷ける話である。
 この上対馬温泉の日帰り入浴施設が「渚の湯」。海沿いの高台に建っており、眺望は抜群。大浴場のある内湯は海側がガラス張りになっており、広々とした海を眺めながら湯に浸かることが出来る。もちろん露天風呂(上の写真)もあり、こちらでは直に海を眺められる。周囲には人工物が皆無に等しいので、自然に囲まれた「島の温泉」をゆっくりと満喫できる。
 真新しい温泉であり、観光施設というよりは地元の人々のための公衆浴場といった感が強いので、施設自体にはいわゆる「温泉情緒」に欠けるところもあるが、その分地元の人々との歓談も楽しもうと思えば楽しめるから、温泉地の共同湯のような感覚は味わうことができる。単に交流を楽しむということだけでなく、広大な割にはガイドブックなどの情報が少なく、また添乗員付きのツアーもあまりない島なので、地元ならではの情報を得ることは、観光客にとって純粋に価値のあることなのである。
 泉質は弱アルカリ性で、肌がスベスベになる「美人の湯」系のものである。無色無味だが、わずかに硫化水素臭がある。湯量は豊富らしく、施設の外に温泉スタンドがあり、100リットル100円と非常に安価である。ちなみに「渚の湯」の入浴料は大人500円。
 施設は新しいだけあって清潔。設備的にも整っていてジャグジーやサウナもある。大きな休憩室があり、雑魚寝も可能。軽食や土産物も扱っている。

「上対馬温泉 渚の湯」の施設外観。海沿いの高台に建ち、周囲に他に建物は皆無。 トイレに貼ってあるハングルの注意書き。地理的な理由から対馬には韓国人の観光客が多い。

 なお、上対馬温泉の入浴施設はこの「渚の湯」のみで、宿泊施設はない。車で五分程度の場所に「国民宿舎 上対馬荘」がある。ここも客室からの眺望が非常に良く、宿泊設備や料理も悪くなく、その上宿泊料も安価なのだが、浴室内にシャワーが一つしかないなど、浴場に関してはお世辞にも設備が良いとは言えない。だからここに泊まると必然的に「渚の湯」に入浴することになるだろう。その他の宿は民宿レベルの小旅館となるが、その中には希望すれば上対馬温泉の湯を浴槽に入れてくれるところもあるようだ。
 ちなみに、対馬は「辺境」と言って差し支えのない場所で、上対馬あたりは辺境のそのまた辺境ということになるのだが、それだけに元旦などに訪れると、菓子一つ買うものも困難で、食料調達にすら事欠くことになる。島一番の都会である厳原や空港のある美津島なら可能だろうが、上対馬からは車で二時間は掛かる。そんな中、「渚の湯」は元旦も営業しており、対馬北部の数少ない食料調達ポイントとなっている。上対馬町・上県町では、おそらくこの「渚の湯」と国民宿舎以外では食料調達は不可能であろう。少なくとも筆者は見つけられなかった。そういう点でも重宝する場所である。(ただし、元旦のような特殊な日でなければ、この地域で営業している飲食店や雑貨・土産物店は存在する。)
 余談だが、平成十九年元旦、筆者はここで温泉百種入浴を達成した。

上対馬温泉に隣接する三宇田浜(みうたはま)。日本の渚百選に選ばれている白浜。対馬の海岸線はリアス式のため、海と山が迫った断崖のような場所が多く、こうした砂浜は貴重である。浜と道を挟んだ向かい側に温泉スタンドがある。


国民宿舎 上対馬荘の客室からの眺め。この辺りからは、日露戦争の日本海海戦の際、ロシアのバルチック艦隊が沈む様が見えたという。また、この辺りに流れ着いたロシア兵を、住民は怖がりながらも手厚く遇したという。


西泊漁港に祀られる三ツ石。山の上の能理刀神社より落ちてきて、元寇船を打ち払ったという。
温泉や国民宿舎のある上対馬町西泊の鎮守・能理刀(のりと)神社。式内社であり、また長く亀卜の聖地であった。    

西泊の民家にあった電動回転イカ干し機。対馬はイカ漁が盛んで、あちこちでイカ干しが見られる。動画はここをクリック(再生にはQuickTimeが必要) 上対馬の中心、比田勝(ひたかつ)の港に停泊する海上保安庁の巡視船。国境の街であることを実感させられる。

上対馬町の隣、上県(かみあがた)町佐護に鎮座する天神多久頭魂(てんじんたくずたま)神社。対馬固有の天道信仰の聖地で、社殿が全くなく、太古の神社の姿を残す。 上県町、対馬野生生物保護センター近くにあるツシマヤマネコの像。野生生物保護センターでは、病気により自然に帰すことが出来なくなったヤマネコを飼育しており、観察することが出来る。

対馬の北端、上対馬町鰐浦の韓国展望所。韓国の古代建築を模してある。 展望所脇の朝鮮国訳官使殉難之碑。江戸時代、李氏朝鮮の使船がこの辺りで難破した。

韓国展望所からの眺め。対岸の島は航空自衛隊のレーダー基地がある海栗島(うにじま)。この日、韓国を望むことはできなかった。 深夜の韓国展望所からの眺め。一番手前の灯りは鰐浦漁港。その対岸、いくつもの照明が水面に反射しているのが海栗島。最奥の水平線上に輝くのが韓国・釜山の夜景である。

深夜の韓国展望所からの眺めの望遠・拡大。手前は海栗島の自衛隊の施設。写真左上にライトアップされた釜山(もしくは釜山郊外か)の橋が鮮明に見える。まさしく国境の島である。なお、上対馬温泉から韓国展望所までは車で十五分程度の距離。

<上対馬温泉>
所在地:長崎県対馬市上対馬町西泊1217-8
泉質:弱アルカリ性単純温泉(低張性弱アルカリ性温泉)
泉温:36.2℃
湧出量:152リットル/分(動力)
PH値:8.6

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