奇石怪木苑 開苑の辞
古来、日本人は山中の岩や石、あるいは森の木々や草花には、精霊や神が宿っていると考えてきた。はるか太古、古の人々が「神代」と呼んだ神々の時代には、そうした岩や石、木々草花は言葉を理解し、話していたという。冒頭に掲げた神道の根本的な祝詞「大祓詞」では、神代、天の神々が言葉を話す石や木々を黙らせたと語られており、この「大祓詞」は今も各地の神社で唱えられている。神代の日本は、このように岩、石、木々、草花が語りかける大地であったのだ。
彼らが沈黙した後も、巨石や大木への信仰は絶えることなく、現代まで続いてきた。日本各地には、そうした信仰を受ける巨石大木が無数に存在する。今にも語りかけてくるかと思われるように、厳然と、幾星霜を経て。巨石大木への信仰、それはかつて世界の全ての民族が持っていた普遍的な信仰であり、日本人が古より保持し続けてきた原初的な信仰なのだ。信仰の原点であるからこそ、時代を超えて続けられてきたのである。
そこには急峻な地形と多雨な気候により、信仰を受けるべき巨石大木が形成されやすいという地理的事情があり、またそうした巨石大木を生む山岳森林の威力を、恩恵という形にしろ被害という形にしろ、日本人が古来より受け続けてきたという歴史的事情がある。巨石大木とは山岳森林のシンボルであり、ひいては大地と天空、即ち宇宙、世界そのものの象徴であって、世界、宇宙──神々との接点なのである。さればこそ巨石大木は神々の降り来るもの、または神そのものとして崇められてきたのだ。
ここでは当神宮の「庭園」として、そうした巨石大木を集めてみた。中には人の手が入ったものや、あまりに山中深くにあったために長い間人々に忘れらていたものや、近年発見されたものもあるが、歴史的経緯に関わらず「人々に神威を感じさせるもの」あるいは「人々が神威を感じるために手を入れたもの」であればよしとした。
古は言葉を話し、あるいは怪しき霊──「邪神」として退けられるようなこともありながら、なお人々から崇められ続けてきた巨石大木、その「神威」をとくとご堪能あれ。
紀元弐千六百六拾四年長月弐拾七日 邪神大神宮 大宮司 記す
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