2nd.DAY-1st. 2004/12/30 アテネ→イラクリオ(クレタ島)→クノッソス宮殿

 飛行機はアテネの国際空港、エレフテリオス・ヴェニセロス空港へ到着。乗客はまっしぐらに出口へと押し寄せていく。普通であれば、このままアテネ市街のホテルへ行きバタンキュウ、というところだが、私は朝一の便でなおもクレタ島を目指す。だからこのまま空港で待機なのである。
 ガイドブックによれば国内でも乗り継ぎをするなら空港の外に出ないでもいいとのことだったので、乗り継ぎカウンターとやらを探してみるがそれらしき表示がない。まあ時間はある、とりあえずタバコでも吸って落ち着こう。ギリシアは喫煙には割りと甘い国らしく、空港内でも仕切りもない場所に喫煙スペースがある(一応煙吸引機は装備されているが)。タバコを吸ってしばらくして、どこに乗り継ぎカウンターとやらがあるのかと探してみた。出発案内板によると今回は早くから出発ゲートも決まっており、該当ゲートまで行ってみるが、完全に閉鎖され、周囲には誰もいない。案内板の前でどうしようかと思案していると、背の高い(180pはあるだろう)美人の金髪碧眼のおねいさまが近寄って来て、おもむろに話しかけてきた。
「英語は話せる?」
「少しなら」
「@#$%*&……(何を言っているのかよく分からない)……さらに旅を続けるの?」
 見ると、おねいさまの手にはオリンピック航空のものらしき搭乗券が。
「乗り換えですか?」
「そうよ、アルメニア(場所的に考えてアルバニアだったかもしれない)に行きたいの」
 いやあ、そんなことも言われてもなあ。こっちも乗り換えカウンター探してるんだし、だから案内板見てるんじゃないか。
「私の言ってること、分かる?」
 言いたいことは分かるが、どうすればいいかは分からん、俺もここに来るのは初めてだ、てなことを言おうとしたが、おねいさんはこれはダメだと思ったのかスタコラサッサと去っていってしまった。頼りにならなくてすまんねえ、ていうかそんなの初めてこの空港に来たヤツに分かるわけないじゃん。まして初海外だっつーの。いやあ、あんたの言うことは一応分かったんだけどさあ。だから乗り換えか? って聞いたのに。大体そんなこと案内板見てる東洋人に聞くなよ。確かにほかに人はあんまり見当たらないけど。空港の職員にでも聞いて下さい。何で俺に聞くかなあ。そんなに旅慣れてるように見えたんだろうか。まあ小汚いカッコでショルダーバック一つだったりすればさもありなん。
 だけど、確かに乗り継ぎカウンターなんてものは案内板にも見当たりません。入国しないことには、ロクに店もないみたいだし。仕方ないので、一度外に出る。といっても、ちらっと外からパスポートを見せるだけ。シェンゲン協定国からの到着ゲートは、こんなもんのようだ。
 さて、外に出てみたがすることはない。でも、空港内の店はいくつか開いており、少しは乗り換え客がたむろしていたので、いろいろひやかしてみた。そうだ、帰りの飛行機のリコンファームでもしておくか。仕事の関係で海外用携帯電話は借りてあるが、通話料は高いだろう。ここは一つ公衆電話から掛けてみようじゃないか。ということで雑貨屋に行ってみた。
「スィグノーミ(ギリシア語でエクスキューズ・ミーにあたる、でも本来はパラカロー、と言うべき場面)」
 とギリシア語で話しかけてみると、レジのおねいさんが振り向いた。これ以下は英語。
「テレカルタ(ギリシア語でテレホンカードのこと)は買えますか?」
「ああ、それならあっちに行ってね」
 指さす方向には別のレジが。タバコとかを売ってるカウンターだった。
「テレカルタ、プリーズ」
「4ユーロになります」
 あれ、確か何かの本には3ユーロって書いてあった気が……。
「3ユーロのは?」
「4ユーロしかないのっ!」
 おねいさん若干怒り気味。まあ夜中だし聞き分けのない子はうっとしいわなあ……。タバコもゆっくり選びたいがあんまり面倒かけては何なのでとりあえず見えてて知ってる銘柄にした。マルボロライト・メンソール。これは問題なく通じるようだ。

ギリシアのテレホンカード。クレジットカードぐらいの厚さがある。使い方は日本のとさして変わらない。 ギリシアのマルボロライト・メンソール。箱にいろいろとギリシア語で書いてある。黒枠内の一行目は「カプニスマ」、ギリシア語でタバコのことなので、タバコの吸いすぎは健康を害します、とか書いてあるのだろう。

 テレカルタもゲットし、公衆電話を探して掛ける。ギリシアの公衆電話はカード専用機のみだが、全て国際電話対応で英語のマニュアルもあり操作は簡単。オリンピックのときに対応したのか、クレジットカードでのコールに関しては日本語のマニュアル及び音声案内もある。
 さて帰りの便の出るミラノの日本航空の事務所に掛けるが、何をどうやっても「そんな番号はないから確認しろ」というような案内しか流れない。もしかしたら深夜だから駄目なのかもしれぬ、と思い諦めて後で掛けてみることにした。
 悪戦苦闘して腹も減ってきたので、売店でグリーク・サンドイッチを買う。一緒にスプライトも頼み、レジは別の場所だからと言われ車椅子に乗ったおばちゃんがレジにいる。清算し、商品が来るのを待っていると、おばちゃんが別の人に何やら言い、その人がスプライトを持ってきた。なぜか2本も。おいおい、2本ちゃうで。やはりおばちゃんも怪訝そうに「2本でいいの?」と聞いてくる。「スプライト、オンリーワン」と言うと、ほらみなさい、何やってんのよ、といった調子で車椅子のおばちゃんが怒られていた。何だかなあ。
 グリーク・サンドイッチは細長いフランスパンみたいなのにスリットを入れて、トマトとチーズとペースト状のオリーブをはさんである。オリーブが少々塩辛いがなかなか美味い。ちょっとサイズがデカイが。そうして3人がけのテーブルに座ってサンドイッチをほおばっていると、初老の紳士が、この席座ってもいいか、といって話しかけてきた。もちろんオーケーしたが、何だかよく外人に話しかけられるなあ。その後特に会話はなかったが、紳士はおもむろにいろんなゴミをテーブル上の灰皿にポイポイ捨てる。オイオイ、何しよんねん、と思ったが、まああまり気にせずその灰皿でそのままタバコを吸ってやった。
 メシは食ったが、いまいち眠くもない。なので空港内をぶらついてみることにした。時間が時間だけあって、出発ロビーなどもガランとしている。外に出てみると、少し寒い。さすが24時間の国際空港だけあってバスはそれなりに発着していた。

エレフテリオス・ヴェニゼロス空港内部。 空港内のミュージアム。

 空港内をブラブラしていると、巨大な壷と「ミュージアム」の表記が目に留まった。空港建設時に発掘された出土品を展示しているのだ。さすがは歴史深い国だ。ミュージアムは自由に開放されていたので、おもむろに中に入ってみた。ミュージアム自体はこじんまりとしているが、それでもギリシアらしいなかなか見ごたえのある出土品が展示してある。歴史を求めてギリシアに来た人には嫌でもテンションの上がる内容だ。

古代ギリシア文字が刻まれた石。 教科書にあるような、黒で彩色された絵壷。

スフィンクスの像。 古代ギリシア文字が刻まれた壷。

 そうこうしているうちにさすがに疲れてきてベンチで寝たが、空港内のベンチは一部の鉄ちゃんが言うところの「殺人イス」(席と席との間に肘掛があるタイプ。無人駅寝をする国内貧乏旅行者の敵)ばかりでロクに寝られない。それでも2時間くらいは寝てみたが、段々空港内もざわついてきたのでとりあえずクレタ行きのチェックインを済ませる。それでも時間があったので再度リコンファームの電話を試みるがまるでダメ。見るとリコンファーム用の電話番号には帰りに乗るアリタリア航空のアテネ・オフィスも併記してある。そういえばチケット取った代理店の人がアリタリアでも出来るけどなるべく日本航空でやってくれって言ってたっけ。アリタリアなら空港内にチケットカウンターがある。深夜は開いていなかったが朝が近づき開いていたので、ダメ元で向かってみた。
「リコンファーム プリーズ」
と調子よくおっちゃんにミラノ-東京間のチケットを出してみる。が、案の定怪訝な表情になる。やがて困った顔で、
「ノット アリタリア!」
 と言われてしまった。仕方がないので、非常に拙い英語でアテネからミラノに行き、乗り換えてミラノから東京に行く旨を伝える。が、通じていたか通じていなかったか、どちらにしても相手は納得しない。そりゃあ他の航空会社のことなんか知ったこっちゃないからなあ。ここはアリタリアの客だということを示さなければならない。話はそれからだ。
「プリーズ ルック ビフォア チケット」
 とか適当な英語で、何枚か閉じてあるチケットの、東京行きの前のチケットを見させた。すると、
「オー! オケーイ、オケーイ、ノープロブレム」
 と突然にこやかな表情になり確認作業をしてくれた。現金なもんだなあ。まあ当たり前だけど。しかしリコンファームの必要のないアリタリア便だけ確認してもらってもしょうがない。
「ネクスト チケット、トゥー?」
 と念を押してみたがおっちゃんは「ノープロブレム、ノープロブレム」を繰り返すばかり。何だか不安要素を抱えたままだが現状出来得る最大限有効な策は取った。これでもやらないよりはましだろう。時間もなくなってきたのでクレタ島行きの便に搭乗することにする。

 国内線なのでゲートに向かうにはパスポートとチケットを見せるだけ。ボディチェックは、各ゲートで行う。しかしこの空港の機械は性能がいいのか悪いのか(おそらく後者だと思うが)、成田で反応しなかった装備でも反応しまくる。いろいろ外してみて再度金属探知ゲートを通ろうとしたが、係員が面倒くさそうに、来い来い、と言い、ササッと手作業でチェックして通された。
 やはシャトルバスに乗って機に向かう。時刻は午前6時半過ぎ、あたりはまだ暗い。機は国内線なので小振り。周りはオリンピック航空の機ばかりだ。バスに乗るとき、近くに別のバスもあったため、この機が本当にイラクリオ(クレタ島最大の都市)行きか気になった。乗り込み時に女性のフライトアテンダントに「これはイラクリオ行きか?」とチケットを見せると「ドント ウォーリー」という答えが笑顔とともに返ってきた。機内の座席はは左右2列の計4列のみ。今度こそ本当に東洋人は皆無(実はアテネ行きの便には2、3組ほどいた)。午前7時、ほぼ定刻通りに機はエーゲ海に向けて離陸した。


エーゲ海の夜明け。 上空より眺めたエーゲ海・サントリーニ島。

朝のクレタ島。
クレタ島から昇る朝日。    

 機はサントリーニ島などエーゲ海の島々の上空をかすめ、1時間もしないうちにクレタ島に到着。小さな空港で、到着ロビーにはトイレと売店が少々あるだけ。すぐに外に出られる。搭乗中にすっかり日は昇っていた。冬のギリシア、殊にクレタ島は雨が多いとのことだったか、今日のところは快晴だ。まだまだ朝も早いので、今度こそ確実にリコンファームを行っておくことにした。
 空港の外にある公衆電話で再度日航ミラノオフィスにかけるがつながらない。アリタリア航空アテネオフィスすらつながらなかった。呼び出し音すら鳴らず、「番号をご確認下さい」と言われるばかり。仕方ない、チケットを取った日本の旅行代理店に聞いてみようと思ったが、なんと年末年始で休業。成田空港に連絡しても空港内の事務所は内線だからつなげようがないとか(何だそりゃ)。代わりにミラノ事務所の日本語対応可の番号とやらを教えてもらうが、似たような番号できっと駄目だろうと思ったら、やっぱり駄目だった。他に何か方法はあるか……最後の手段、海外旅行保険のサポートセンターに電話した。事情を話し、日航のアテネ事務所の番号を教えてもらう。しかしこれもアリタリアの事務所と同じような番号で不通。何か根本的に電話の掛け方が違うのではないかと疑うが、成田や別の用事で掛けた日本の一般の回線や携帯電話、旅行保険のサポートセンター(コレクトコール)には問題なく通じている。これ以上何をどうしようというのだ。日本の104にはかからないし……。いや、少なくとも日本には通じるのだ。方法がないはずない。そういうことでもう一度海外旅行保険のサポートセンターに掛けてみた。
 今度は日航の、日本の24時間対応の窓口の番号を聞いた。今度の係員はコレクトコールで掛けていることに不満気味だった。まあそれも当然かと思ったが、トラブルの電話よりはマシだろ、係員さんよ。それで教えてもらった番号に掛けるとようやくつながった。日航本社なので今度は確実だ。リコンファームは出来たが、番号がつながらなかった理由を聞くと、これはミラノ市内からの着信払い用電話番号とのことだった。何だそりゃ!! 代理店の人間もミラノは最終日しか行かないことは分かってたはずだ。リコンファーム出来なくて帰りの便に乗れなかったらどおしてくれんだよぉぉぉ……などといってもはじまらないが。このへんは出発前に自分で確認しておくべきことなんだろうなあ。ちなみに日航の国際線は全部ロンドンのセンターで管理していて、例の番号もそこにつながるとのことだった。一応その番号も聞いておく。また逆に、向こうの係員からは海外滞在中の連絡先を聞かれたので、レンタル海外携帯の番号を教えておく。津波等で邦人行方不明者相次いでいる時節柄からだろうか。
 こうして後顧の憂いを断ち、空港から旅立った。本番はこれからである。

クレタ島、イラクリオのニコス・カザンツァキス空港。 空港からはバスに乗って市街へ向かう。バスは何気にベンツ製。

 空港の前の道路まで歩いていくと、バス停とチケット売り場がある。ギリシアではバスに乗るには先にチケットを買っておかねばならない。イラクリオ市街まで65セント。チケットを買って停まっているバスに乗ろうとするが、バスには運転手がいない。辺りをフラフラしていると、チケット売り場の人が出てきて、「こっちだ、ここに立っていろ」と言われる。言う通り道路上に立っていると、空港へやってきたバスがUターンして自分の前に停まった。
 ガイドブックによれば、バスは乗ったらすぐにチケットを刻印機に通せとのことだったが……刻印機など見当たらない。チケットを持って乗り込むと、運転手が手を差し出した。反射的にチケットを差し出すと、ビリッと半券をやぶいてくれた。そうか、これって半券だったのか。一応半券部分は色分けがされているが、ミシン目等はないので分かりにくい。またそのため半券はきちんとちぎれず、ビリビリになってしまう。しかし、こういったものなのだから仕方がない。
 バスがベンツ製のせいなのかバカンスでドイツ人がよく来るのか知らんが、やたらと車内の表示が英語もなくドイツ語ばかりで書かれてるなあ、などと思ってしばらく乗っていると、イラクリオの街が見えてきた。イラクリオは周囲を城壁に囲まれた、いわゆる城塞都市である。ヨーロッパの城塞都市を見るのはもちろんだが、城壁を見ると何だか懐かしい感じ。日本の主要都市にある城跡なんかとどこか似たような感じがするのだ。ちなみにクレタ島は13世紀から17世紀までヴェネチアの領土であり、島内にはこの時代の建造物が多く残っている。イラクリオの城壁もヴェネチア時代のものだ。
 城壁を越えてまもなく、バスは市街の中心部・エレフテリオス広場に着いた。ここでバスを降りる。
 バスを降りて、クノッソス行きのバスが出るヴェニゼル広場を目指す。土産物屋やら宝飾店やらが並ぶおしゃれな通り(デダル通り=ダイダロス通り?)を通って、ヴェニゼル広場へ。

ヴェニゼル広場にあるモロシニの噴水。1628年にヴェネチア人が造ったものだが彫刻のライオンは14世紀のものだとか。左のアーチが並ぶ建物はアギオス・マルコス大会堂、右奥がデダル通り。

 ヴェニゼル広場にはヴェネチア時代の「モロシニの噴水」がある。これはイラクリオのシンボルみたいなもので、古くからの中心だ。モロシニの噴水は何とも優雅な感じ。今は水は出ていないという話だったが、改修でもしたのだろうか、ジャバジャバと勢いよく水が吹き出していた。

 さて、第一目標のクノッソス宮殿行きのバスはここから乗れる、というかここから乗るのがが分かりやすいということだったが、バス停らしきものは全く見当たらない。が、いくつかのバスがの前の通り(25 アウグストゥ通り)を過ぎていく。よく見れば広場から通りを少し海側に下ったところに人が並んでいて、バスが来ると乗り込んでいる。もちろんバス停の表示も看板もないんだが……あれがバス停か? どこが分かりやすいんじゃ!! と憤るところだが、きっとシーズンの夏なんかは看板でも出ていたりするんだろう。で、とりあえずそこまで来たところで、バスのチケット売り場がない。普通はペリプテロ(いわゆる英語でいう「キオスク」みたいな売店のことで、駅ではなく街中にある。ギリシアにはコンビニはほとんどない(というか旅行中には一度も見なかったので皆無かもしれない)ので、これがコンビニ代わり)で売ってたりするということだったが……生憎周囲にはペリプテロらしきものはない。ふと見ると、各種チケット取り扱いみたいなことが書いてある旅行代理店のような店がある。もしかしてここで買うんだろうか。
「すいません、バスのチケットはありますか」
「となり」
 尋ねたデスクの金髪おねいさまは、ネクスト、と言って指で左を指している。そうか、左隣の店か。代理店を出て左を見るとカウンターにガムとかメントスとか置いてる店が。今度は黒髪のおねいさまか。
「プリーズ バス チケット フォー……」
「アァ?」
 何だ何だ俺が何をしたんだ。しかしひるんでいる場合ではない。
「バス チケット フォー クノッソス」
「ワン パーソン?」
「イ、イエス」
「ナインティ セント」
 どうも機嫌が悪いのか東洋人が嫌いなのかのような感じだが、とりあえずチケット入手。ああそうだ、一応バス乗り場も聞いとこう。もしかして行き先によって違うかもしれないし。
「フェア イズ バス ストップ?」
(おねいちゃん黙って前方を指さす)
(人の列を指さして)「ジス?」
「イエス」
「サンキュー」
「ハァー……」(おねいちゃんよく聞こえる大きな声でため息ついてうつむく)
 なんかやっぱり機嫌悪そうだな……まあいいや。人の並びに加わっていると、結構頻繁にバスがやって来る。行き先はバラバラで、みんな思い思いに乗っていく。人差し指で前方を指している人もいた。あれで乗車の意思表示を示すのだろう。そうして待ったが……クノッソス行きはなかなか来ない。10分おきには来るはずなんだが……もしやシーズンオフは少ないのでは、もしくは行き先が別でただの経由地とか。道路の向かいのタクシーが気になるぞ……とか思い始めた頃、行き先に「ΚΝΩΣΣΟΣ」と書かれたバスが。英語表記はない。ギリシア文字を読めるようにしておいてよかった……(まあ勘で分かりそうだが)。今度はスムースにチケットの半券を渡し、乗車。

 バスにしばらく揺られていると、あるところで乗ってきたベレー帽をかぶったじいさんが乗り込んできて、 「カリメーラ、カリメーラ サス!」(おはよう、こんにちはの意)
 と陽気にバスの乗客にあいさつ。乗客は誰も答えないが……これがギリシアのバスで途中でおもむろに乗ってくるという車掌なのかなあ。一番前の席に座って、進行中も時々運転手と話してるし。
 バスはさらに進む。案外クノッソスは遠いらしい。しばらく走って、ちょっと家がまばらになってきたかな、と思うといきなり一面低木が茂る荒野に。道路も舗装されているんだけどやけに砂が溜まっていて前を走る車がすごい砂埃を上げている。さすが地中海、ちょっと乾燥帯ぽい土地なんだねえ。クレタ島の南岸から300キロ南下すればアフリカらしいしなあ。日本ではまず見られない景色だ。これがギリシャのデフォルト、というか原風景なんだろうなあ。
 ……などとボーッと景色に見とれていると、バスが停まってドアが開き、運転手と例のじいさんがこっち向いて何か言っている。
(指を下に向けて)「クノッソス、クノッソス」
「オー、オー、サンキューベリーマッチ!!」
 なかなか親切じゃないか、俺は一言もクノッソスで降りるとは言ってないのに……まあ車内にストレンジャーは自分だけだったし当たり前か。ていうか、このバスクノッソスが終点なんじゃないのか?! ギリシアのバスは表示に最終目的地ではなく終点近くのメジャーな場所を出したりするもんなのかもなあ。そういえば日本でも田舎の路線バスは似たようなことがあったような気がする、確か青森の五戸から大石神ピラミッドとキリストの墓に行こうとバスに乗ったとき、バス自体の行き先は「羽井内」と出てたけどバス停にはマジックで「戸来行き」とだけ書いてあった(ほんのごく一部の人にしか分からない話だが、一応補足するとその当時既に「戸来村(へらいむら)」は「新郷村(しんごうむら)」に変わっていた。もっとも地元では戸来の方が今でも通じやすいし集落名は残っていたと思うし、全国的にもある筋には有名)。

 時間は午前11時頃。いろいろごたごたやってた割にはまずまずの時間だ。バスを降りると目の前に何か柵で囲われた丘みたいな土地がある。これか? と思ったら道路の向かいに「ΚΝΩΣΣΟΣ→」と書かれた看板。世界的に有名な遺跡の割には街角の床屋の看板程度の案内。このノリがいいんだが。
 看板に従って、こちらも柵のある場所をちょっと歩くと、柵の向こうに何か遺跡っぽい雰囲気。この中か? と思っていると門があった。入口でチケットを買おうと思って話し掛ける。
「プリーズ チケット」
「フェア アー ユー カムフロム?」
 おい何だいきなり出身聞くのか。
「ジャパン」
「オー ジャパン! コンニチワ、ハジメマシテ!」
「ハッハー、ハジメマシテ!」
 思わずこちらも日本語で返してしまった。きっとシーズンは日本人が結構来るんだろうなあ。カウンターのおっちゃんはチケットをめくりながら、
「ワン? オア トゥー?」
 と聞いてきた。ん?明らかに一人なんだが……ワン、と答えると6ユーロとのこと。確か遺跡単独チケットは6ユーロでイラクリオの博物館との共通チケットは10ユーロだったような気がするのだが、もしかしてトゥー、というのは博物館との共通チケットのことを言っているんでは……とか思ったがまあいいやと思ったのでそのまま購入。
 「サヨナーラ、サヨナーラ」
 何とも陽気なモギリなことだ。おっと、トイレに行っとこう。
「フェア イズ トイレット?」
(カウンターから見て正面を指差して)「ダウン スロープ……アンド レフト サイド」
 言われた通り緩い坂を下った左側にトイレがあった。
 トイレから戻ってくると、チケットカウンターの向かいにおばさんが立っていて、話し掛けてきた。遺跡のガイドをしてやろうかというようなことを言ってる。英語のガイドか、まあ自分の興味ある分野は英語でもよく分かったりするもんだが、ゆっくり一人で見たいし、もしかして金を取る話かもしれんしなあ……などと逡巡していると
「英語は分かります?」
 まあ今までしゃべった内容はそれなりに理解できたので一応分かることになるんだろうが、どないしよか……などと思っていると、笑いながら、
「分からないのねえ、また英語を勉強して来てね、バァイ」
 と言われてしまった。欧米では沈黙は理解できない、という証なんだろうなあ、しかしアテネの空港のおねいちゃんといい、大体相手の言ってることは分かるのに、分からないと思われるのは癪ではあるが……こういうとこなんだろうなあ、日本人が国際社会で損したり何考えてるか分からない、とか言われたりするのは、とか思ったが3秒でその思いはレテ河を渡った(レテ河とはギリシア神話にある冥界を流れる河で、これを渡った亡者はこれまでの記憶を全て忘れるという)。

 入口を過ぎると左側にミュージアムショップのごときものがあって、前面にはいくつか道が。中央のつる草のようなものでできたトンネルを通って行く。途中真冬にも関わらず花が咲いていたりして、いかにも南国らしい雰囲気。トンネルを抜けると、クノッソス宮殿の発掘者、アーサー・エヴァンズの像があった。シュリーマンと並ぶギリシア遺跡発掘の立役者で、ここもトロイと同じように神話上の存在と思われていたものを、彼が遺跡として世に知らしめたのであった。まあシュリーマンがより古い層ばかり重視して比較的新しい層は破壊してしまったという指摘を受けたように、彼も遺跡の復元方法に問題があったて非難されたりもしているのだが(そのへんは後述)、今のように考古学というものが確立されている時代ではなかったのだから、仕方ない部分もあるだろう。それはそれとしてもこの遺跡を発掘して世に知らしめた功績は大きいのである。

宮殿に向かう途中に咲く花。何の花だろう? 日本にはなさそうな花だ。カトレア……じゃないよな(ブーゲンビリアらしい)。
    クノッソス宮殿を発掘したアーサー・エヴァンズの像。

 そして、来た、見た、やった! これが正真正銘のラビュリントス、クノッソス宮殿だ!!(次ページ)

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