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土蜘蛛紀行 肥前編
其之壱、佐賀─イ、東山田
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狭山田女:さあ、あたし達のふるさと、山田の里に帰ってきたよ!
大山田女:ここは佐賀県佐賀市大和町東山田の、嘉瀬(かせ)川に架かる渡瀬橋ですね。橋の上から、上流を望んでいます。左側が、今、東山田と呼ばれる地域です。
狭山田女:時代が変わっても、山や川はきれいだね。

大山田女:こちらは下流側ですね。数キロ先は佐賀市街です。嘉瀬川は、風土記には佐嘉(さか)川と書いてあります。そしてこの辺りはかつて「佐嘉郡」でした。最近まで「佐賀郡」でしたし。
狭山田女:その「佐嘉」っていう地名の由来があたし達だって、風土記に書いてあるんだよね。ここに詳しく書いてあるね。

大山田女:私達を「賢し女(さかしめ、賢い女の意)」だと大荒田が言い、それが「佐嘉」という郡名になったと風土記にはあります。今の「佐賀」という地名のルーツですね。こちらは嘉瀬川の堤防から東山田を眺めたところ。現代の山田の里の風景です。
狭山田女:今も田んぼや畑が多いね。家も結構あるけど。

大山田女:ここは東山田の、立石交差点付近です。東山田は大字として残っていますが、この右側、北になりますけど、一キロくらいのところに、西山田という小字も残っています。
狭山田女:この辺りはちょっと家が密集してるね。

大山田女:この県道の標識には、しっかり東山田と書いてあります。
狭山田女:これは大和町が佐賀市に合併される前のだね。

大山田女:この鳥居は、與止日女(よどひめ)神社のものです。
狭山田女:この参道は、あたし達の神様、ヨドヒメ様の神殿への参道なんだね。景色は昔と変わっちゃったけど……うん、確かにこっちの方角だね。

狭山田女:あっ、青鷺だ。でも、なんだか苦しそう。
大山田女:実は、大宮司がここに来たとき、向かいから走ってきた中学生の乗る自転車に、横から突然この五位鷺が突っ込んではねられました。自転車は去っていき、鷺も飛んで行こうとしたのですが、翼が傷ついていたため、見ての通り用水路にドボン、と。

狭山田女:う~ん、中学生もびっくりしただろうけど、鷺も可哀想だね。
大山田女:鷺はそこから上がろうとしても上がれなかったのですが、あまりに哀れだったので、大宮司が抱えて地面に持っていきました。しかし、その際、鷺のくちばしで額をつつかれたそうです。


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狭山田女:ハハハ。鷺は首が長いからね。でもこの鷺、もう飛べないかもしれないね。
大山田女:そうですね。しかし、悲しいですが、どうしようもないことですからね。では次は、ヨドヒメ様の神殿、與止日女神社に参りましょう。
狭山田女:うん、東山田への行き方は、左の地図を参照してね。鷺がまた飛べるようになるといいけど……。



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